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広島地方裁判所 昭和51年(ワ)246号 判決

原告

田頭計良

右訴訟代理人

岡田俊男

外三名

被告

株式会社大蔵屋

右代表者

堀昌義

右訴訟代理人

秋山光明

神田昭二

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、別紙目録記載の建物のうち同目録(三)のバルコニー部分につき所有権移転登記手続をせよ。

もし右登記手続ができないときは、被告は原告に対し金一〇七万六、二七八円を支払え。

2  (選択的請求の趣旨)

被告は原告に対し、金一〇七万六、二七八円及びこれに対する昭和五一年四月一一日より支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は被告より昭和四七年一二月二四日被告所有の別紙目録(一)記載のマンシヨン「シヤンポール東雲」のうち同目録(二)(三)記載の区分建物七〇八号室をその代金五九〇万円(専有部分で計算して一平方メートル当りの価額一〇万八、七一五円)で買受け、その所有権を取得した。

2  ところが、右買受けた区分建物のうち別紙目録(三)記載のバルコニー部分については、これも原告の自由な使用が許される専有部分として取得したもので当然所有権移転登記のなされることが予定されていたのに、被告は右バルコニー部分についてのみ同登記義務の履行をしない。

3  もし被告において右登記義務の履行ができないとすると、右バルコニー部分は原告の専有部分としての実質を十分備えていないこととなり、原告はそのため金一〇七万六、二七八円相当の損害を被つた。

4  なお、原告は右バルコニー部分も、専ら買主たる原告の居住用にのみ自由に使用することができるものと確信して右買受けに至つたものであるところ、実際は火災等緊急時の避難通路としてその利用が制限されていることが後に判明した。これは、

(一) 売買の目的たる権利の一部が他人に属するため、売主がこれを買主に移転することができないときに該当するものというべく、よつて原告は、本訴で右足らざる部分の割合に応じた代金一〇七万六、二七八円の減額を請求し、

(二) 仮にそうでないとしても、売買の目的物に隠れた瑕疵がある場合に該るものというべく、原告は右瑕疵により金一〇七万六、二七八円の損害を被つた。

5  よつて、原告は被告に対し、(1)別紙目録記載の建物のうち同(三)中バルコニー部分の所有権移転登記手続を求めるとともに、もし右登記手続の履行が不能であるときはこれに代る損害賠償として金一〇七万六、二七八円の支払いを求め、(2)なお選択的に、民法五六三条または五七〇条に基づき金一〇七万六、二七八円およびこれに対する本訴状送達の翌日である昭和五一年四月一一日より支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は認める。

2  同2のうち、バルコニー部分が売買契約において専有部分とされていたことは認めるが、その他は争う。

バルコニー部分は外気遮断性がなく、不動産登記法上この部分の表示登記および所有権移転登記は不可能であつて、被告も契約に先だつて契約面積と登記面積の異なることは説明していたから、原告も右事情を諒知していた筈である。

3  同3は争う。

4  同4は争う。

バルコニー部分は非常時の避難通路であつて、避難の妨害となるような使用は制限されるが、しかしこの部分も専有部分として原告に所有権の移転はなされているうえ、現に原告は右妨げにならない範囲で、この部分に目覆いをつけ、敷石を置き、植木鉢を並べ、洗濯物を干すなどして専有利用しているのであるから、右使用制限をもつて、「権利の一部が他人に属する」ためその移転ができない場合に該らないのはもとより、さらに、右バルコニー使用制限は原告を含む居住者ら全員の安全に資するためのもので、居住者らの受忍義務の範囲内に属するものであるうえ、原告も予め右説明を受けて諒知していたものであるから、これが「隠れたる瑕疵」に該らないこともいうまでもない。

5  同5は争う。

三  抗弁

仮に被告に原告主張のごとき担保責任があるとしても、原告の右請求の日(本訴状送達の日、昭和五一年四月一〇日)はすでに民法五六四条、五六六条三項所定の一年の除斥期間を経過しており、原告は右請求をすることができない。

四  抗弁に対する認否争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二バルコニー部分の所有権移転登記手続請求(請求原因2)について

原告が本件区分建物を買受けるに当り、その居室部分44.37平方メートルの外にバルコニー部分9.90平方メートルをも専有部分として買受けたものであることは当事者間に争いのないところ、さらに〈証拠〉によると、(一)原告が買受けた右区分建物は、八階建マンシヨンのうち七階の一室で、専有部分は、契約上の面積が44.37平方メートルの居室部分(和室、洋室、ダイニングキツチン、浴室、便所等があり、ほぼ南向きで、南側はガラス窓と壁面、その他はほぼ壁面で囲まれ、完全に外気を遮断する構造)と同面積が9.90平方メートルのバルコニー部分であるが、同バルコニー部分は、右居室部分南側に附属した幅1.50メートル長さ約七メートルのコンクリート製長方形の床に、南側は高さ約一メートルの鉄柵で、東西側はいずれも三角形コンクリート壁面で囲まれた構造のものであり、屋蓋およびその他の壁面はなく外気に露出した状況にあること、(二)そして、右区分建物について昭和四九年五月二七日原告名義に所有権保存登記がなされているが、同登記は、不動産登記法上外気遮断性を基準に床面積を算出すべきものとして、右居室部分の壁面等が囲まれた内側のみを算出して右床面積とし、右登記に至つており、バルコニー部分は右床面積に含めなかつたこと、を認めることができ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

そこで右事実からして考えてみるに、原告が本件バルコニー部分についても居室部分とともにこれに附属して一体をなす専有部分としてその単独所有権を取得したものであることは明らかであるが、しかし、その登記については、売買契約において、契約上の専有面積すべてが当然に登記上も床面積として登記されることを予定したものではなく、不動産登記法上可能な範囲内での面積を床面積として表示登記また所有権保存登記等をなすべきことを予定したものとみられる。そして、不動産登記法上建物の床面積とは、同法施行令八条では「壁その他の区画の中心線で囲まれた部分の水平投影面積」であるとされ、また区分建物については構造的共用部分の関係で実務上「内壁で囲まれた部分の水平投影面積」である(不動産登記事務取扱手続準則一四一条一二号)とされていて、一般には、その構造および利用上一個の独立した建物の広さと観念される範囲の面積を意味し、特に構造的には、屋蓋、壁、窓その他で外気を遮断するなど建物の内容として区画された範囲の面積を意味するものと解され、露天のバルコニー、ベランダ等を含まないものと解されるところ、本件バルコニーについては、その前記状況からして、これが不動産登記法上本件区分建物の登記対象の床面積に入らないことは明らかなものといえるから、結局被告は、本件バルコニー部分についてはなんらの登記義務をも負担するものではないといえる。

そうすると、右登記手続の履行を求める原告の請求は理由がない。

三登記義務履行不能の場合の損害賠償請求(請求原因3)について

右請求は被告に本件バルコニー部分の登記義務のあることを前提とするもので、右一記載のとおり、被告には右登記義務のない以上、さらにその余の点につき判断するまでもなく右請求も理由がない。

四担保責任の請求(請求原因4)について

1  〈証拠〉を総合すると、(一)本件マンシヨン(シヤンポール東雲)は、その築造前の昭和四七年一二月中旬ころ新聞広告、ちらし、パンフレツト(各タイプの居室の間取り、バルコニーの位置形状等を示す平面図掲載)、モデルルーム(本件区分建物とはタイプが異なる)の展示などで売り出されたものであるところ、原告はそのころ新聞、ちらしで右マンシヨンの売り出しを知り、早速展示場でモデルルームを見、パンフレツトも見て、昭和四七年一二月二四日本件区分建物(Ⅰ型七〇八号室で、前記居室、バルコニーの専有部分を有する構造のもの)をその代金五七〇万円で買受ける旨の契約締結に至つたものであること、(二)そしてその後昭和四九年になつて、右マンシヨンも完成し入居も間近になつたことから、同年三月ころ被告において入居者を対象とする説明会を開催したが、その際、被告からは本件バルコニーについてはその美観上洗濯物やふとん干場に使用しないようにといつた程度の説明はあつたが、右バルコニーがマンシヨンの火災等緊急時の避難通路になつていることの説明はなく、原告はそのことを知らないまま、同年五月三一日残金二一〇万円を支払つて代金を完済し、同月二七日前記のごとき居室部分の所有権保存登記を受け、同年六月二〇日ころ右入居に至つたものであること、(三)ところで、本件バルコニーは、建築基準法による本件マンシヨンの建築確認申請において、二方向避難通路として利用される設備構造を有するものとされ、そのことで同確認に至り、現にそのようなものとして築造され、つまり本件七〇八号室についても、バルコニー部分東西の壁面に「避難口」という表示があつて、同部分には人の通れる程度の容易に取りはずしまた取りこわしのできる板壁が設置してあり、そしてまたこのため、同バルコニー部分はその利用上大きな物置、テーブルを常置するなど右避難通路としての使用を妨げるような利用は認められないものであつたが、このことは、原告も本件契約当初被告から説明を受けず、パンフレツト等に記載もなく、その後も前記のとおり、右入居説明会でもその説明がなく、入居後昭和四九年秋ころに本件マンシヨンで避難訓練を受けた際、はじめて避難通路であつて同通路を塞ぐような利用はできないものであることを知つたこと、(四)原告は本件マンシヨン七〇八号室購入に当つては、バルコニー部分に固定したロツカーを置くなどもして自由に使いたいとの希望もあつたが、右入居後避難通路であることを知つて後は、同通路を塞ぐような使用はできない利用制限を受忍すべき状況に至つていること、を認めることができ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

2  そこで、右事実からして考えてみるに、まず原告は本件バルコニー部分がその利用上避難通路としての制限を受けていることをもつて、民法五六三条所定の「売買の目的たる権利の一部が他人に属する」ため買主に移転できない場合にあたると主張する。しかし、右規定は、売買の目的たる権利の一部が量的に明確に区分できるような形で他人に属する場合についてのものと解せられるところ、本件売買の目的たるバルコニー部分の所有権自体は居室とともにすべて原告に移転ずみであるうえ、その前記利用制限といつたことも、右所有権の一部として量的に明確に区分できるような形のものではないから、後記瑕疵担保の問題は生じうるとしても、右民法五六三条所定の場合にはあたらないものというべきである。

次に瑕疵担保責任の主張についてであるが、民法五七〇条所定の「瑕疵」とは売買の目的物が通常有すべき構造、性状等を有しない場合をいうものと解されるところ、本件バルコニーがマンシヨン七階居室に附属するバルコニーとして通常の構造を有するものであることはもとより、その利用制限という点も、火災等緊急時の避難通路としての使用を妨げるような利用ができないというだけで、その制限の程度は大きくなく、バルコニーの利用として通常考えられる植木鉢を置いたり、余り大きくない椅子、テーブル、その他ロツカーを置くなども可能であり、そしてまた、元来本件のごときマンシヨンでバルコニーが火災等緊急時の避難通路として利用されることは必ずしも特異なことではなく、〈証拠〉によつてうかがわれるとおり本件のごとき特に避難階段等の設置もない構造のマンシヨンにおいては七階居室に附属するバルコニーが避難通路として利用される可能性も推測に難くないところで、本件バルコニーは前記のとおりマンシヨンの建築確認においても他の消火設備等との総合的関連で右マンシヨンの避難設備の一つとされているのであり、したがつてこのような構造を前提に売り出しも行なわれるのであつて、これらからすると、本件バルコニーは、特に売主が避難通路としての利用制限がない旨明示したような格別の場合のほか(本件ではそのような事実は認められない)、売買の目的物として通常有すべき構造、性状を有しないものとも認められず、つまり「瑕疵」あるものとはいえない。のみならず、さらに右事情また前記買受けの事情等からすると、被告が本件売買において右避難通路の説明を十分しなかつた点は取引信義上責められるが、原告も本件のごときマンシヨンの一部を買受けるにあたり買主として取引上通常の慎重さをもつてすれば右説明を求めるなどして右避難通路としての利用制限のあることも知り得たものとみられ、取引上この程度の齟齬は受容すべき範囲内のことともみられるのであつて、結局、右は「隠れた」瑕疵ともいえない。

したがつて、いずれにしても、右各主張もすべて理由がない。

五結論

そうすると、原告の本訴請求はすべて失当であるからいずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(渡辺伸平)

目録

(一)(一棟の建物の表示

――登記簿上の表示)

所在  広島市東雲二丁目一八九〇番地、一八八九番地

構造  鉄筋コンクリート造陸屋根八階建

床面積  一階

606.53平方メートル

二ないし六階

各787.72平方メートル

七階

736.17平方メートル

八階

689.55平方メートル

(二)(専有部分の建物の表示

――登記簿上の表示)

家屋番号 東雲二丁目一八九〇番九七

種類 居宅

構造 鉄筋コンクリート造一階建

床面積 七階部分

41.09平方メートル

(三)(契約上の右専有部分

七〇八号室の面積)

居室 44.37平方メートル

バルコニー 9.90平方メートル

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